記憶の共有は縁の結び目

ライター角田奈穂子の覚え書き

新刊『久松農園のおいしい12カ月』の発売に寄せて

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 12月20日に初めての著書が出ました。出版業界に入って、気がつけば30年弱。「ライターなら自分の名前で本を出さなければダメだよ」と周囲から言われつつ、「名前より実を取る方がいいなぁ」と、署名原稿でも名前より、取材相手の名前を立たせることに徹してきました。それが、思いがけず、処女作を出すことになり、不思議な巡り合わせに感謝する日々です。

 

 とはいえ、この本の主役は、久松農園のオーナーである久松達央さんと、「CONVEY」をプロデュースするシェフの横田渉さんです。私はあくまでも狂言回しのような役割。お二人の姿を両立させ、キッチンミノルさんの写真も生かしながら、ストーリーを紡いでいくのはどうしたらいいかと考えた結果が、私が著者になり、協力の形でお二人に出ていただく形でした。

 

 あとがきにも書いたのですが、この本の制作は私なりの大きなチャレンジでした。今の出版界では、「どれくらい売れるか」が求められるため、制作のスタートからゴールをがっちりと決められて走り出すことが多くなっています。もちろん、その姿勢はとても大切です。落としどころが不明瞭な状態で本を作ることは、著者もスタッフも惑わせることになり、質の低下を招くからです。ですが、一方で、キメキメのゴールを目指して作る手法に窮屈さも感じていました。そこには私が編集者というより、ライターとして仕事をしてきたことも多分に関係しています。

 

 取材ではあらかじめテーマがあり、落としどころを想定してから現場に向かいます。ですが、実際に話を聞いたり、現場に行ってみると予想と違うことも少なくありません。むしろ、実際に行ったからこそめぐりあえた出会いを吸い上げることが、取材の面白さだと思っています。すでに世の中に出ている以外の情報を拾い上げこなければ、自分が取材する意味はないからです。

 

 この本は毎月、そんなその月、その時にしか出会えない1日を拾い上げ、綴ることで、久松達央さんと横田渉さんの人物像が描こうとしたものです。私の文章の至らない部分は、キッチンミノルさんの写真が補ってくれました。

 

 TV番組やネットには食の情報があふれているのに、生産の場から口に入るまでの筋道が途切れているように思える今、食べることの意味や、頭ではなく、体で感じる本物のおいしさについて考えるきっかけになればと思っています。

 

 

久松農園のおいしい12カ月

久松農園のおいしい12カ月